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ナツ恋。 page8

last update Huling Na-update: 2025-02-14 12:02:26

****

『拝啓、あしながおじさん。

 お元気ですか? わたしは今日も元気です。

 一学期の期末テスト、無事に終わりました。わたしは今回も学年で十位以内に入ることができましたよ。喜んでくれるといいな。

 もうすぐ楽しみな夏休み。しかも、高原の農園で過ごす一ヶ月間! すごくワクワクしてます。

 畑や田んぼは山梨の施設にいた頃、毎日のように見てきましたけど。実際に農場で生活するのは初めてです。すごく楽しそう!

 この夏はのびのび過ごして構わないんですよね? 誰に遠慮することなく?

おじさまだって、わざわざわたしの生活態度を千藤(せんどう)さんご夫妻に監督させたりしないでしょう? だって、わたしはもう高校生なんだから!

 では、おじさま。これから荷作りがあるので、これで失礼します。

 夏休み、思いっきり楽しんで、いろいろ学んできますね。 かしこ

           七月十七日   夏休み前でワクワクしている愛美』

****

 ――その後、無事に荷作りも完了し。それから四日後。

「じゃあねー、愛美! また二学期に! 夏休み、楽しんでおいでよ!」

 寮に居残る生徒以外はみんな、それぞれの行き先へと向かって校門を出ていく。

 さやかは学校の最寄り駅までは愛美と一緒だったけれど、駅からは行き先が違うのでそこで別れた。――ちなみに、珠莉は今ごろ、とっくに成(なり)田(た)空港に着いているだろう。実家所有の黒塗りリムジンが迎えに来ていたから。

「うん! ありがと! さやかちゃんもいい夏休み送ってね!」

「サンキュ! 夏の間にメールかメッセージ送るよ」

「うん、楽しみにしてる! じゃあ、バイバ~イ!」

 ――さやかは埼玉方面に向かうホームへ。愛美はここから地下鉄で新横浜まで出る。そこから東京まで出て、そして――。

「東(とう)京(きょう)駅からは、北陸(ほくりく)新幹線か。おじさま、新幹線の切符まで送ってくれてる」

 新幹線に乗るまでの交通費はお小遣いで何とかなるけれど、新幹線の切符代はさすがに高い。高校生が自腹を切るのはかなり痛い。

(自分が行くように勧めたんだから、新幹線の切符くらいは自分で負担してあげようって思ったのかな? おじさまって律(りち)儀(ぎ)な人)

 愛美は切符を見つめながら、フフフッと笑った。

 ――「東京駅は乗り換えのためだけ」という、他の人が見ればもったいな
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Kaugnay na kabanata

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page9

    「……あの、千藤さんですか? わたし、今日から夏の間お世話になる相川愛美ですけど」「ああ、君が! 千藤です。田中さんから話は伺(うかが)ってますよ。さ、後ろに乗って! 母さん、荷物を乗せるの手伝ってくれ!」 千藤さんが助手席に乗っている女性に声をかけた。夫婦ともに、六十代後半だと思われる。「はいはい。ちょっと待ってね」 千藤夫人――名前は〝多恵(たえ)さん〟というらしい――に手伝ってもらい、愛美はスーツケースと段ボール箱三つ分の荷物をライトバンのトランクに積み込み、自分はスポーツバッグだけを抱えて後部座席に乗り込んだ。「――さっきはありがとうございました。改めて、相川愛美です。今日から一ヶ月間よろしくお願いします」「愛美ちゃんね? こちらこそよろしく。あなたには一ヶ月間、農園のこととか色々覚えてもらうから。お手伝いお願いね」「はいっ! 頑張ります!」 多恵さんの言葉に、愛美は元気よく返事をした。 これは社交辞令なんかではなく、彼女は本当に張り切っているのだ。誰だって、初めてのことを覚える時はワクワクドキドキする。 さすがに横浜に住んで三ヶ月半も経つので、都会での暮らしやスマホの使い方には慣れてきたけれど。農園での生活や農作業は初めての経験なので、どんなことをするのか楽しみなのである。「いやぁ、『横浜のお嬢さま学校に通ってる女子高生を一ヶ月預かってほしい』って田中さんに頼まれた時は、どんなに気取ったお嬢さんが来るのかと思ったけど。愛美ちゃんは全然気取ってないからホッとしたよ」「そうなんですか? わたし、全然お嬢さまなんかじゃないですもん。育ったのは山梨の養護施設ですよ」「養護施設? ――じゃあ、ご両親は……」 多恵さんが表情を曇らせたので、愛美は努めて明るく答えた。「わたしが幼い頃に、事故で亡くなったって聞かされてますけど。でも、それを悲観したことなんかないですから。ちゃんと人並みに育ててもらって、義務教育を卒業できたから」 それに、両親が亡くなる前に自分に精いっぱいの愛情を注いでくれていたことも分かっているから。「それに、今じゃいい高校に入学させてもらえたし、いいお友達にも恵まれましたし。わたしは幸せ者です」 それもこれも、全て〝あしながおじさん〟のおかげだ。愛美は彼に、どの瞬間も感謝の念を抱いている。(あと、この夏、ステキな

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page10

    「ここは元々、〈辺唐院グループ〉の持ち物で、純也坊(ぼ)っちゃんの別荘だったのよ」「えっ、純也さんの!?」 多恵さんの口から思いがけない名前が飛び出し、愛美は目を丸くした。「ええ、そうだけど。愛美ちゃん、純也坊っちゃんのことご存じなの?」「はい。五月に一度、学校を訪ねて来られたことがあって。わたしがその時、姪の珠莉ちゃんに代わって校内を案内して差し上げたんです」 愛美は純也と知り合った経緯を多恵に話した。――ただし、実はその時から彼に恋をしている、という事実は伏せて。「そうだったの。――私は昔、あの家で家政婦をやっててね。そのご縁で、私が家政婦を引退した時に坊っちゃんが私にこの家と土地を寄(き)贈(ぞう)して下さって。それでウチの人とここで農園を始めたのよ」(ここがまさか、純也さんの持ち物だったなんて。……あれ? じゃあ、おじさまはどうやってここのこと知ったんだろう?) 愛美は首を傾げる。〝あしながおじさん〟――つまり田中太郎氏と純也は知り合いということだろうか? もしくは、秘書の久留島栄吉氏と。(……あれ? ちょっと待って。確か『あしながおじさん』では――) あの小説では、〝あしながおじさん〟=(イコール)ジュリアの叔父ジャーヴィスだったはず。でも、まさか純也が〝あしながおじさん〟だなんて! あまりにもありきたりな展開だ。「あり得ない」と、愛美の頭の中でもう一人の愛美が言っているような気がする。(……まあいいや。おじさまに直接手紙で確かめよう)「――愛美ちゃん、荷物を部屋まで運ぼう。車から降ろすから、手伝っておくれ」 考えごとをしていると、千藤さんが愛美を呼んだ。「はいっ!」 愛美の荷物なのだから、千藤さんに手伝ってもらうのはいいとしても、愛美が彼を手伝うのはお門(かど)違いだ。「ヨイショっと。――先に荷物だけ送っといてもらってもよかったんだけどね」「ありがとうございます。すみません。なんか、先に荷物だけ届いてもご迷惑かな、と思ったんで。……っていうか、そもそも思いつかなくて」 本が詰め込まれた重い箱を持ち上げた千藤さんを手伝いながら、愛美は「その手があったか」と目からウロコだった。「いやぁ、迷惑なんてとんでもない。本人が後から来るんだったら同じことだよ。……や、ありがとうね」 多恵さんにも手伝ってもらい、三人でどうにか全

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page11

    「――天野さんって、いつからここで働いてらっしゃるんですか?」「んー、もう三年になるかな。親父さんもおかみさんもいい人でさ、居心地いいんだよな。ちなみにオレ、下の名前は〝恵介(けいすけ)ってんだ」 ちなみに、年齢は二十三歳だという。「ここが、愛美ちゃんの部屋だ。眺めは最高だし、ここは何て言っても星空がキレイなんだ」「へえ……。わ、ホントだ! すごくいい眺め」 窓から見渡せる限り山・山・山。とにかく自然が多い。それに、冷房もついていないのに涼しい。 山梨の山間部で育った愛美には、確かに居心地がよさそうな環境である。「もうちょっと中心部まで行けば観光地で、店もいっぱいあるし。冬はスキー客で賑(にぎ)わうんだけど、夏場はホタルを見に来る人くらいかな」「ホタル? 近くで見られるんですか? ロマンチック……」「うん。オレも夏になったら、よく彼女と見に行くんだ」「彼女……いらっしゃるんですか?」 愛美がギョッとしたのに気づいた天野さんは、ちょっと気まずそうにプイっと横を向いた。「あー……、うん。ここで一緒に働いてる、平川(ひらかわ)佳(か)織(おり)っていうコ。――まあいいじゃん、その話は。荷物置いとくから、適当に片付けて。じゃ、オレはまだ畑での仕事残ってっから」「あ、はい。ありがとうございました」 ぶっきらぼうに言い置いて、愛美の部屋を出ていく天野さん。(もしかして、照れてる……?) 愛美は彼の態度の理由をそう推測した。見かけによらず、シャイな青年なのかもしれない。「――さて、と。荷物片づける前に」 愛美はスポーツバッグから、レターパッドとペンケースを取り出し、部屋の窓際にあるアンティークの机に向かった。「あしながおじさんに、『無事に着きました』って報告しよう。あと、さっきのことも確かめないとね」 レターパッドの表紙をめくり、そのページにペンを走らせる。

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page12

    ****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 ついさっき、長野県の千藤農園に着きました。まだ荷解(ほど)きもしてないんですけど、ここに無事に着いたことをおじさまに知らせたくて。 ここは自然がいっぱいの場所で、昼間の今でも冷房なしですごく涼しいです。横浜の暑さがウソみたい。同じ日本の中とは思えません。 ここで三年働いてる天野さんのお話によると、中心部は観光地で、スキー場に近いので冬はスキー客で賑わうそうです。でも、夏場はホタルの見物客くらいしか来ないみたいです。あと、星空もキレイなんだそうです。 すごくロマンチックでしょう? わたしもいつか、純也さんと一緒にホタルが見られたらいいな……。 あ、そうそう。〝純也さん〟で思い出しました。わたし、おじさまにお訊きしたいことがあって。 おじさまはどうやって、この農園のことをお知りになったんですか? もしくは、秘書さんかもしれませんけど。 どうして知りたいかというと、こういうことなんです。 この農園の土地と建物は元々、辺唐院グループの持ち物で、純也さんの別荘だったそうです。 で、千藤さんの奥さまの多恵さんは昔、辺唐院家で家政婦さんとして働いていらっしゃって、家政婦さんをお辞めになる時に純也さんからこの家と土地をプレゼントされて、ご夫婦でこの農園を始められたそうなんです。 まさか、ここに来て純也さんの名前を聞くとは思わなかったんで、わたしは本当にビックリして。「もしかして、純也さんが〝あしながおじさん〟!?」とか思っちゃったりもしたんですけど……。まさか違いますよね? だってそれじゃ、『あしながおじさん』の物語そのままですもんね? とにかく、自然がいっぱいのここの環境は、山で育ったわたしには居心地がよさそうです。千藤さんご夫妻が、農業のこととか色々教えて下さるそうで、わたしはそれがすごく楽しみです。 おじさま、こんなステキな夏をわたしにプレゼントして下さって本当にありがとうございます! 感謝の気持ちを込めて。     かしこ                  七月二十一日    愛美』**** ――荷解きをしているうちに、夕方の六時を過ぎていた。「愛美ちゃん、ゴハンにしましょう!」 多恵さんが二階の部屋まで、愛美を呼びに来た。「はーい! 今行きます!」 す

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page13

    「愛美ちゃん、食器棚はコレ。スプーンは左の引き出し、フォークは真ん中ね」「はい。――えっと、平川佳織さん……ですよね? 天野さんとお付き合いしてるっていう」 人数分のカトラリーを取り出しながら、愛美がそれとなく訊いてみると。「……んもう。あの人ってば、もう愛美ちゃんに喋っちゃったんだ?」 佳織さんは、顔を真っ赤に染めてそう言った。どうやら、天野さんの話は本当らしい。「あたしと彼の関係は、ご主人とおかみさんには内緒なの。……まあ、気づいてらっしゃるかもしれないけど。彼はあたしより三つ年上なんだけど、農業に対する姿勢とか、そういうところがステキだなって思ったんだ」「それで恋しちゃったんですね。天野さんも、佳織さんも」 佳織さんは照れながらも、「うん」と頷いた。「恋する気持ちだけは、誰にも止められないからね。――愛美ちゃんは、好きな人いるの?」「……はい。実は、純也さんなんです。ここの元の持ち主だった」「えっ!? そうなの? うーん、そっか。頑張ってね」「はいっ!」 まさかこの場で、ガールズトークが盛り上がるとは。愛美は佳織さんのことを、この短時間で身近に感じられるようになった。「――さて、早く夕飯の支度終えないと。テーブルでウチの腹ペコどもが騒ぎ出しちゃうね」「そうですね。じゃあサラダとコレ、お盆に載せて運びます」「うん、お願い」   * * * * ――夕食のメニューは夏野菜たっぷりのカレーライスとサラダ、デザートにはこの農園の果樹園で採れたフルーツ入りのヨーグルト。 そして、農業が初体験の愛美のおかしな質問によって、とても賑やかで楽しい食卓となった。 「――多恵さん。昔の純也さんのお話、もっと聞かせてもらえませんか?」 多恵さんと佳織さんと一緒に、食後の洗いものの片付けを手伝いながら、愛美は多恵さんに頼んでみた。 「えっ、坊っちゃんの話?」「はい。わたし、大人になってからの純也さんのことしか知らないから。もっとあの人のこと知りたいんです。多恵さんなら色々ご存じなんじゃないかと思って」 好きな人のことなら、何でも知りたい。そして、ここには昔のあの人のことをよく知っていそうな元家政婦さんがいる。「いいわよ。じゃあ、ここが片付いたら私について来てちょうだいな」「いいんですか? ありがとうございます!」 多恵さんは愛美

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page14

       * * * * ――愛美が多恵さんに連れられて来たのは、この家の屋根裏部屋だった。「純也坊っちゃんはね、子供のころ喘息(ぜんそく)を患(わずら)ってらして。十一歳くらいの頃の夏に、ここでご静養なさってたの。私も一緒にここに滞在して、坊っちゃんのお世話をしてたのよ」「えっ? 喘息……」 つい最近会った純也さんからは、そんな様子は感じ取れなかったけれど。「今はもう何ともないそうよ。それに、発作さえ起きなければ、普段はお元気そうだったし。冒険好きのお子さんでね、ほとんど毎日外を走り回ってらしたわ。それで、泥だらけになって帰ってらしたの」「へえ……、そうなんですか。子供らしいお子さんだったんですね。……っていうのもヘンな言い方ですけど」 愛美の言い方は、ある意味的を射(い)ていたのかもしれない。 お金持ちのお坊っちゃん、それもあの辺唐院家の子息なら、もっとツンケンしていて大人びている子供でもおかしくなかったはずなのに。珠莉を知っているから、余計にそう思うのだろうか。「そうね。正義感もお強かったし、それでいていたずらっ子なところもおありだったわ。でも、そこが憎めないのよ。私も、母親になったみたいな気持ちで坊っちゃんのお世話をさせて頂いてたわ」「フフフッ。多恵さん、純也さんが可愛くて仕方なかったんですね」 愛美は微笑ましくその話を聞いていた。これが実の母親だったら、なんという親バカだろうか。(なんか、今でもここに純也さんがいそうな感じがする。それも、無邪気な子供時代の) ――泥んこになるまで遊びまわって、帰ってきたら多恵さんに「お腹すいたー! おやつま~だ~?」とねだっている純也少年の姿が、愛美の脳(のう)裏(り)に浮かんだ。「中学を卒業されてからは、ここにはあまり来られなくなったんだけど。最近はきっと、お仕事がお忙しいのかしらねえ」「そうですか……。でも、連絡は来るんでしょう?」 彼はきっと、情に厚い人のはず。昔お世話になった恩人に連絡をしないわけがない。「ええ。毎年、夏になるとお電話を下さるわよ。でも今年はまだだわね」「そうなんですか。――多恵さん、色々教えて下さってありがとうございました」 これだけ話を聞かせてもらえれば、愛美は満足だ。彼の幼い頃を知ったおかげで、彼のことをもっと好きになれる気がしたから。「いえいえ、どういた

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page15

    「多恵さん、わたしはもうちょっとここに残っててもいいですか? 多恵さんは先に下りて休んで下さい」 愛美は彼女にそう言った。 幼い頃の純也さんと、もう少し〝二人きりで対話〟したくなったのだ。彼の人となりをもっと知りたい。そして持ち前の想像力で、自分なりにその頃の彼のイメージを膨らませたい。「ええ、どうぞ。じゃあ、私は先に休ませてもらうわね。愛美ちゃん、おやすみなさい」 ――多恵さんが下の階に下りていくと、愛美は広い屋根裏部屋の隅から隅まで歩き回ってみた。「……ん? 何だろ、コレ? 本……かなあ」 手に取ったのは、ホコリを被った小さなテーブルの上に無(む)造(ぞう)作(さ)に置かれていた一冊のハードカバーの本。タイトルは聞いたことがないけれど、どうも海外の冒険小説の日本語翻訳版らしい。 表紙を開き、見開きの部分に見つけたおかしな落書きに、愛美は思わず笑ってしまった。 そこには、子供が書きなぐったような字でこう書かれていた。『この本が迷子になってたら、ちゃんと手をひいてぼくのところに連れて帰ってきてほしいです。辺唐院じゅんや』「やだ、なにコレ? 可愛い」 ここで静養していた頃に、純也が気に入って読んでいた本らしい。もうページはどこもクタクタだし、あちこちに小さな手形がついている。「純也さんって、子供の頃から読書好きだったんだ……」 初めて学校で愛美に会った時に、彼は「読書好きだ」と言っていたけれど。その原点がここにあったとは。 この屋根裏に残されている彼の痕跡(こんせき)は、これだけではない。水鉄砲、飛行機の模型、野球のボールやグローブ……。男の子が外で喜んで遊びそうなものがたくさんある。(わたしも、子供の頃の純也さんに会ってみたかったな……。そうだ! 今度会った時、ここのこと彼に話してみようかな) 彼はどんな顔をするんだろう? 照れ臭そうにするかな? それとも得意そうに微笑むのかな……? 愛美は本を手にしたまま、自分の部屋に戻った。彼が夢中になって読み耽っていた本。その面白さを共有したいと思った。 ――そしてその夜、愛美が昼間に書いた手紙には続きが書き足された。****『おじさま、今は夜の九時です。 この手紙は午後に一度書き上げてましたけど、あのあと書きたいことが増えたので少し書き足します。 夕食の後、多恵さんから純也さん

    Huling Na-update : 2025-02-14
  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   ナツ恋。 page16

     ――夏休みが始まって約一ヶ月が過ぎた。 愛美も農作業にすっかり慣れ、夏野菜の収穫や採れた野菜での簡単なピクルスの作り方などをマスターした頃。千藤家に一本の電話がかかってきた。「――はい、千藤でございます」『もしもし、多恵さん? 僕だよ。純也だよ』「純也坊っちゃん! お元気そうで何よりです。――あ、今こちらに相川愛美さんがいらしてるんですよ。ちょっと代わりますね」 多恵さんは大はしゃぎで答えたあと、キッチンで手伝いをしていた愛美を手招きした。「愛美ちゃん、純也坊っちゃんから。ハイ」 リビングで彼女から受話器を受け取った愛美は、嬉しさと緊張半々で電話に出た。「……も、もしもし。愛美です。あの、お久しぶりです」 何せ、彼と言葉を交わすのは五月以来のことなんだから。『うん、久しぶり。元気そうだね。そっちでの夏休みは楽しい?』「はい! すごく楽しいし、色々と勉強になってます。千藤さんも多恵さんもよくして下さってるし」 電話に出るまでは緊張していたのに、彼の声を聞いた途端にそれはすぐに解(ほぐ)れてしまう。『そっか、それはよかった。――あのさ、愛美ちゃん。僕は今年の夏も仕事が立て込んでてね。悪いけどそっちには行けそうもないんだ。そう多恵さんに伝えてもらえるかな? 申し訳ないんだけど』「……はい、お忙しいんじゃ仕方ないですよね。分かりました。伝えておきます。――もう一度、多恵さんに代わりましょうか?」 すぐ側(そば)で、多恵さんがまだ話したそうにソワソワと待っている。『うん、そうしてもらえる? 悪いね』「いえいえ。――多恵さん、純也さんがもう一度多恵さんに代わってほしいそうです」 愛美は受話器の通話口を押さえ、多恵さんに受話器を差し出したのだった。 

    Huling Na-update : 2025-02-14

Pinakabagong kabanata

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page8

       * * * * というわけで、卒業式前の連休――というか厳密に言えば自由登校期間だけれど――の初日、二泊三日分の荷物を携えた愛美とさやかはJR長野駅の前に立っていた。「――愛美、あたしの分まで交通費全額出してもらっちゃって悪いね。でもよかったの?」「いいのいいの! わたし今、口座に大金入ってるから。ひとりじゃ使いきれないし、使い道も分かんないし」 冬休みに突然舞い込んできた二百万円というお金は、まだギリギリ高校生でしかも施設育ちの愛美にとってはとんでもない大金だった。作家として原稿料も振り込まれてくるけれど、さすがに百万円単位はケタが違う。印税でも入ってこない限り、そんな金額は目にすることがないと思っていた。「そっか、ありがとね」 多分、さやかもそんな大金はあまり見ないんじゃないだろうか。 そして、愛美に自分の分まで交通費を負担してもらったことを申し訳なく感じているだろうから、後で「立て替えてもらった分、返すよ」と言ってくるに違いない。その分を受け取るべきかどうか、愛美は迷っていた。 さやかの顔を立てるなら、素直に受け取るべきだろうけれど。愛美としては貸しにしているつもりはないので、返してもらうのも何か違う気がしているのだ。 それはきっと、もっと大きな金額を愛美に投資してくれている〝あしながおじさん〟=純也さんも同じなんだろうと愛美は思うのだけれど……。「――農園主の善三さんの車、もうすぐこっちに来るって。奥さんの多恵さんからメッセージ来てるよ」「そっか」 スマホに届いたメッセージを見せた愛美にさやかが頷いていると、二人の目の前に千藤農園の白いミニバンが停まった。助手席から多恵さんが降りてくる。「愛美ちゃん、お待たせしちゃってごめんなさいねぇ。――あら、そちらが電話で言ってたお友だちね?」「はい。牧村さやかちゃんです」「初めまして。愛美の大親友の牧村さやかです。今日から三日間、お世話になります」 さやかが礼儀正しく挨拶をすると、多恵さんはニコニコ笑いながら「こちらこそよろしく」と挨拶を返してくれた。「静かな場所で過ごしたくて、ここに来たいって言ったそうだけど、ウチもまあまあ賑やかよ。だからあまり落ち着かないかもしれないわねぇ」「いえいえ! 寮の食堂に比べたら全然静かだと思います。ね、愛美?」「うん、そうだね。多恵さん、ウ

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page7

     ――今年の学年末テストもバレンタインデーも終わり、卒業式が間近に迫った三月初旬。さやかが思いがけないことを愛美に言った。「卒業式前の連休、あたしも一緒に長野の千藤農園に行きたいな。愛美、執筆の息抜きに行きたいって言ってたじゃん」「えっ、わたしは別に構わないけど……。さやかちゃん、急にどうしたの?」 部屋の勉強スペースで執筆をしていた愛美は、キーボードを叩いていた手を止めて小首を傾げた。彼女が「千藤農園へ行きたい」なんて言ったことは今まで一度もなかったから。「いやぁ、愛美がいいところだって言ってたし、あたしも前から一度は行ってみたいと思ってたんだよね。純也さんのお母さん代わりだったっていう人にも会ってみたかったしさ。っていうかぶっちゃけ、最近食堂がうるさくてストレスなんだわ」「あー……、確かに。会話もままならない感じだもんね」 さやかも言ったとおり、最近〈双葉寮〉の食堂では特に夕食の時間、みんなが一斉におしゃべりをする声が大きくこだましてやかましいくらいである。隣り同士や向かい合って座っていても、話す時には手でメガホンを作って「おーい!」とやらなければ聞こえないのだ。そりゃあストレスにもなるだろう。「分かった、わたしから連絡取ってみるよ。この時期だと……、農園では夏野菜の苗を植え始めたりとかでちょっとずつ忙しくなるだろうから、一緒にお手伝いしようね。あと、純也さんと二人で行った場所とかも案内してあげる」「やった、ありがと! 野菜育てるお手伝いなら、ウチもおばあちゃんが家庭菜園やってるからあたしもよくやってたよ。じゃあ、連絡よろしくね」「うん」 愛美のスマホには、千藤農園の電話番号はもちろん多恵さんの携帯電話の番号も登録してある。愛美から連絡したら、多恵さんはびっくりしながらも喜んでくれるだろう。ましてや、今回は一人ではなく友だちも一人連れていくんだと言ったら、大喜びで歓迎してくれるだろう。「じゃあ、原稿がキリのいいところまで書けたら、さっそく多恵さんに電話してみよう」 という言葉どおり、愛美は執筆がひと段落ついたところで多恵さんの携帯に電話した。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page6

       * * * * 部活も引退したことで執筆時間を確保できるようになった愛美は、本格的に新作の執筆に取りかかることができるようになった。「――愛美、まだ書くの? あたしたち先に寝るよー」 〝十時消灯〟という寮の規則が廃止されたので、入浴後に勉強スペースの机にかじりついて一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩き続けていた愛美に、さやかがあくび交じりに声をかけた。横では珠莉があくびを噛み殺している。「うん、もうちょっとだけ。電気はわたしが消しとくから、二人は先に寝てて」 本当に書きたいものを書く時、作家の筆は信じられないくらい乗るらしい。愛美もまさにそんな状態だった。「分かった。でも、明日も学校あるんだからあんまり夜ふかししないようにね。じゃあおやすみー」「夜ふかしは美容によろしくなくてよ。それじゃ、おやすみなさい」 親友らしく、気遣う口調で愛美に釘を刺してから、さやかと珠莉はそれぞれ寝室へ引っ込んでいった。「うん、おやすみ。――さて、今晩はあともうひと頑張り」 愛美は再びパソコンの画面に向き直り、タイピングを再開した。それから三十分ほど執筆を続け、キリのいいところまで書き終えたところで、タイピングの手を止めた。「……よし、今日はここまでで終わり。わたしも寝よう……」 勉強部屋の灯りを消し、寝室へスマホを持ち込んだ愛美は純也さんにメッセージを送った。 『部活も引退したので、今日からガッツリ新作の執筆始めました。 今度こそ、わたしの渾身の一作! 出版されたらぜひ純也さんにも読んでほしいです。 じゃあ、おやすみなさい』 送信するとすぐに既読がついて、返信が来た。『執筆ごくろうさま。 君の渾身の一作、俺もぜひ読んでみたいな。楽しみに待ってるよ。 でも、まだ学校の勉強もあるし、無理はしないように。 愛美ちゃん、おやすみ』「……純也さん、これって保護者としてのコメント? それとも恋人としてわたしのこと心配してくれてるの?」 愛美は思わずひとり首を傾げたけれど、どちらにしても、彼が愛美のことを気にかけてくれていることに違いはないので、「まあ、どっちでもいいや」と独りごちたのだった。 高校卒業まであと約二ヶ月。その間に、この小説の執筆はどこまで進められるだろう――?

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page7

     ――そして、高校生活最後の学期となる三学期が始まった。「――はい。じゃあ、今年度の短編小説コンテスト、大賞は二年生の村(むら)瀬(せ)あゆみさんの作品に決定ということで。以上で選考会を終わります。みんな、お疲れさまでした」 愛美は部長として、またこのコンテストの選考委員長として、ホワイトボードに書かれた最終候補作品のタイトルの横に赤の水性マーカーで丸印をつけてから言った。 (これでわたしも引退か……) 二年前にこのコンテストで大賞をもらい、当時の部長にスカウトされて二年生に親友してから入部したこの文芸部で、愛美はこの一年間部長を務めることになった。でも、プロの作家になれたのも、あの大賞受賞があってこそだと今なら思える。この部にはいい思い出しか残っていない。 ……と、愛美がしみじみ感慨にふけっていると――。「愛美先輩、今日まで部長、お疲れさまでした!」 労(ねぎら)いの言葉と共に、二年生の和田原絵梨奈から大きな花束が差し出された。見れば、他の三年生の部員たちもそれぞれ後輩から花束を受け取っている。 これはサプライズの引退セレモニーなんだと、愛美はそれでやっと気がついた。「わぁ、キレイなお花……。ありがとう、絵梨奈ちゃん! みんなも!」「愛美先輩とは同じ日に入部しましたけど、先輩は私にいつも親切にして下さいましたよね。だから、今度は私が愛美先輩みたいに後輩のみんなに親切にしていこうと思います。部長として」「えっ? ホントに絵梨奈ちゃん、わたしの後任で部長やってくれるの?」 いちばん親しくしていた後輩からの部長就任宣言に、愛美の声は思わず上ずった。「はい。ただ、正直私自身も務まる自信ありませんし、頼りないかもしれないので……。大学に上がってからも、時々先輩からアドバイスを頂いてもいいですか?」「もちろんだよ。わたしも部長就任を引き受けた時は『わたしに務まるのかな』ってあんまり自信なくて、後藤先輩とか、その前の北原部長に相談しながらどうにかやってきたの。だから絵梨奈ちゃんも、いつでも相談しに来てね。大歓迎だから」 「ホントですか!? ありがとうございます! でもいいのかなぁ? 愛美先輩はプロの作家先生だから、執筆のお仕事もあるでしょう?」「大丈夫だよ。むしろ、執筆にかかりっきりになる方が息が詰まりそうだから。絵梨奈ちゃんとおしゃべりして

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page6

     それはともかく、わたしは園長先生から両親のお墓の場所を教えてもらって、クリスマス会の翌日、園長先生と二人でお墓参りに行ってきました。〈わかば園〉で聡美園長先生たちによくして頂いたこと、そのおかげで今横浜の全寮制の女子校に通ってること、そしてプロの作家になれたことを天国にいる両親にやっと報告できて、すごく嬉しかったです。 園長先生はさっそくわたしが寄付したお金を役立てて下さって、今年のクリスマス会のごちそうとケーキをグレードアップさせて下さいました。おかげで園の弟妹たちは大喜びしてくれました。まあ、ここのゴハンだって元々そんなにお粗末じゃなかったですけどね。 そしておじさま、今年もこの施設の子供たちのためにクリスマスプレゼントをドッサリ用意して下さってありがとう。もちろん、おじさまだけがお金を出して下さったわけじゃないでしょうけど。名前は出さなくても、わたしにはちゃんと分かってますから。 お正月には、施設のみんなで近くにある小さな神社へ初詣に行ってきました。やっぱりおみくじはなかったけど……。 もうすぐ三学期が始まるので、また寮に帰らないといけないのが名残惜しいです。やっぱり〈わかば園〉はわたしにとって実家でした。三年近く離れて戻ってきたら、ここで暮らしてた頃より居心地よく感じました。 三学期が始まったら、文芸部の短編小説コンテストの選考作業をもって文芸部部長も引退。そして卒業の日を待つのみです。わたしはその間に、〈わかば園〉を舞台にした新作の執筆に入ります。今度こそ出版まで漕ぎつけられるよう、そしておじさまやみんなにに読んでもらえるよう頑張って書きます! ここにいる間にもうプロットはでき上って、担当編集者さんにもメールでOKをもらってます。 では、残り少ない高校生活を楽しく有意義に過ごそうと思います。      かしこ一月六日      愛美』****

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page5

    ****『拝啓、あしながおじさん。 新年あけましておめでとうございます。おじさまはこの年末年始、どんなふうに過ごしてましたか? わたしは今年の冬休み、予定どおり山梨の〈わかば園〉で過ごしてます。新作の取材もしつつ、弟妹たちと一緒に遊んだり、勉強を見てあげたり。 施設にはリョウちゃん(今は藤(ふじ)井(い)涼介くん)も帰ってきてます。新しいお家に引き取られてからも、夏休みと冬休みには帰ってきてるんだそうです。向こうのご両親が「いいよ」って言ってくれてるらしくて。ホント、いい人たちに引き取ってもらえたなぁって思います。おじさま、ありがとう! お願いしててよかった! リョウちゃんは今、静岡のサッカーの強豪高校に通ってて、三年前よりサッカーの腕前もかなり上達してました。体つきも逞しくなってるけど、あの無邪気な笑顔は全然変わってなかった。「やっぱりリョウちゃんだ!」ってわたしも懐かしくなりました。 そして、わたしが今回いちばん知りたかったこと――両親がどうして死んでしまったのかも、聡美園長先生から話を聞かせてもらえました。 わたしの両親は十六年前の十二月、航空機の墜落事故で犠牲になってたんです。で、両親は事故が起きる二日前に、小学校時代の恩師だった聡美園長にまだ幼かったわたしを預けたらしいんです。親戚の法事に、どうしてもわたしを連れていけないから、って。でも、それが最後になっちゃったそうで……。 幸いにも両親の遺体は状態がよかったから、園長先生が身元

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page4

    「わたしが作家になれたのも、その人のおかげなんだよ。だから、わたしも感謝してるの」「そっか。うん、めちゃめちゃいい人だよな。で、姉ちゃん。さっき言ってた『新作のための取材』ってどういうこと?」「あのね、新作はここを舞台にして書くつもりなの。ここにいた頃のわたしを主人公のモデルにして。……この施設がわたしの、作家としての原点だと思ってるから」 もし両親が生きていて、この施設で暮らすことがなかったとしたら、愛美は果たして「作家になりたい」という夢を抱いていただろうか……? そう思うと、やっぱり愛美の作家としての原点はここなのだと愛美は思うのだった。「オレも久しぶりに愛美姉ちゃんと過ごせて嬉しいよ。静岡に行って、高校に上がってから夏休みにもここに帰ってきてたけど、姉ちゃんがいないと淋しかったからさ。また一緒にサッカーの練習、付き合ってよ」「いいよ。でもリョウちゃん、サッカー上手くなってるからついて行けるかな……」 三年近く会っていない間に、彼のサッカーはグンと上達している。サッカーの強豪校に進学させてもらったからでもあると思うけれど、今の涼介に愛美はついて行けるかちょっと不安だ。「大丈夫だよ、一緒にボールを追いかけられるだけでオレは楽しいから」「そっか」 いちばん年齢の近かった涼介と再会できただけで、愛美はここを離れていた三年間という時間がまた巻き戻ったような気持ちになった。    * * * * その夜、〈わかば園〉では施設を卒業した愛美と涼介も参加してのクリスマス会が行われた。 今年のクリスマス会は、早速愛美が寄付したお金も使われたのか例年に増してケーキもごちそうも豪華になっていて、子供たちも大喜びだった。 そして、例年どおり〝あしながおじさん〟=田中太郎氏=純也さんを含む理事会から子供たちへのクリスマスプレゼントもどっさり用意されていて、「そうそう、これがここのクリスマスだったなぁ」と懐かしくなった。

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page3

       * * * * 愛美は宿舎へ向かう前に、庭の方を通りかかった。サッカー少年の涼介が、今日もここでサッカーの練習をしているような気が下から。 今もこの施設に暮らす男の子たちに混ざって、高校生くらいの少年が一人、サッカーボールを追いかけながら走っている。愛美は彼の顔に、自分がよく知っている少年の面影を見た。「――あっ、やっぱりいた! お~い、リョウちゃーん!」 手を振りながら呼びかけると、驚きながらも手を振り返してくれた少年――小谷涼介は、身長が少し伸びて筋肉もついているけれど、顔は三年前とほとんど変わっていない。「愛美姉ちゃん! 久しぶり……っていうかなんでここに? ――あ、ちょっとごめん! お前ら、今日の練習はここまで。もうすぐ晩メシだから、ちゃんと手洗えよ!」 子供たちのコーチをしていたらしい涼介は、泥まみれになっている彼らに練習の終了を告げた。三年近くここに帰ってこない間に、彼もすっかり〝お兄さん〟になっていた。「リョウちゃん、元気そうだね。わたしもね、今年の冬休みの間はここで過ごすことにしたんだよ。新作のための取材も兼ねてるんだけど」「そっか。そういや愛美姉ちゃん、作家になったんだよな。おめでと。オレも本買ったよ。義父(とう)さんも義母(かあ)さんも、『この本は施設にいた頃のお姉ちゃんが書いたんだ』ってオレが言ったら二人とも買ってくれてさ。ウチにはあの本が三冊もあるんだぜ」「そうなんだ? リョウちゃん、すっかり新しいお家に馴染んでるみたいだね。よかった」 自分が〝あしながおじさん〟=純也さんにお願いして見つけてもらった涼介の養父母。彼がその家に馴染んでいるか、愛美はずっと心配だったけれど、彼の口ぶりからしてすっかり気に入っているようでホッとした。「うん。二人とも、オレにすごくよくしてくれてるよ。園長先生から聞いたんだけど、愛美姉ちゃんが理事の人に頼み込んで見つけてくれたんだよな? 姉ちゃん、ありがとな」「ううん、わたしはただお願いしただけで、実際に動いてくれたのはその理事の人だよ。わたしの時にも手を差し伸べてくれたから、リョウちゃんのことも何とかしてくれるかな……と思ってダメもとでお願いしたら、ちゃんとしてくれて。ホント、いい人でしょ?」 彼はお金を出してくれて終わりではなく、常に相手にとって最善の方法を見つけてくれる。 愛

  • 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~   渾身の一作と卒業の時 page2

     愛美の答えを聞いた園長は、困ったような笑みを浮かべた。「……実はね、愛美ちゃん。辺唐院さんも今月の第一水曜日にここへいらした時、私におっしゃってたのよ。『どうやら彼女は、僕の正体に気づいているみたいです』って。あなたは頭のいい子だから、いずれはこうなると思ってらっしゃったみたいで。もしかしたら、あなたに本当のことを打ち明けるタイミングを計りかねている感じだったわ」「そう……なんですか? だとしたら、彼はいつごろわたしに打ち明けてくれるつもりなんだろう……?」 彼がタイミングを計っていることは間違いないだろうけれど。打ち明けると愛美と気まずくなるのを恐れて、なかなか打ち明けられないというのもあるのかもしれない。「――とにかく、今日から二週間はあなたも実家に帰ってきたつもりで、ここでお過ごしなさい。ちゃんと取材には応じてあげるから。あとは子供たちの相手をしてくれたり、事務作業を手伝ってくれると助かるけれど。それはあくまであなたの意思に任せるわね」「はい」「あなたはまた六号室で寝泊まりしてもらおうかしらね。みんな、愛美お姉ちゃんと一緒に寝るのを楽しみにしてるから」「分かりました。六号室かぁ……、懐かしいなぁ」 愛美はここを巣立っていくまでずっと、六号室で五人の幼い弟妹たちと過ごしていたのだ。あれから三年近く経って、あの子たちも大きくなったことだろう。幼稚園の年長組だった子も、小学三年生になっているはずだ。「あ、あとね、涼介君も今、施設に帰ってきてるのよ。引き取られた先のご両親が、夏休みと冬休みにはここに帰ってきてもいいっておっしゃったらしくて」「えっ、リョウちゃんも? 嬉しいな」「ええ。今夜はクリスマス会をやるから、愛美ちゃんも参加してね。涼介君も参加したいって言ってたから。お正月にはみんなでまた近くの神社へ初詣に行きましょうね」「はい!」 まるで自分の祖母のような園長とのやり取りで、愛美はあっという間に三年前に引き戻されたような懐かしい気持ちになった。このアットホームな雰囲気が、この園での生活が楽しいと感じたいちばんの理由だった。「――そういえば、その服の感じも懐かしいわね。愛美ちゃん、ここにいた頃もよくブルーのギンガムチェックの服を着てた憶えがあるわ」 園長はふと、愛美が着ているブルーのギンガムチェックのシャツを眺めて目を細める。ボト

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